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死んだら終わり


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死んだあとの魂、あるいは死後の世界、長年一緒に暮らした犬が死んだときは本当に辛くて、そういった世界のことを本気で信じて辛い気持ちから救われていました。

しかし、今の考えは違います。死んだら終わりです

目次

魂と肉体

ただ肉体が土に返り、それとともにすべては消滅します。存在そのものは跡形もなく消え去ります。そして、まだ生きている人の心の中だけでかろうじて存在し続けるのです。

しかしそれは、現実世界ではもう全く存在しないモノなのです。魂の抜けてしまった肉体はモノでしかないのです。もちろん真実はどうなのか、実際死んでみないとわからない話なので、これはあくまで私の考え方のひとつです。

これを読んで異論のある方もいると思います。大切な人を亡くされたばかりの人は、よくそんなことが言えるな!そんな薄情な気持ちにはとうていなれないと思う人もいるでしょう。

なぜそういうような考えに至ったかをこれからお話しします。

失うことへの恐怖

私は子供の頃から病弱で病院が第2の家のような感じになっていました。

人の死と関わることも多くなり、自然と死というものについて考えるようになりました。そのときにふと、両親のどちらかが死んだときのことを考えて、それはもう恐ろしくなってそれだけで寝られなくなりました。子供の不眠症です。親からしたら、なぜこの子は寝付きが悪いのかと思っていたと思います。

人は自分の死というものに関しては案外鈍感なものです。その事を痛感するのは、自分の死が目前に迫ったときしかないような気がします。しかし近しい人の死には考えるだけで痛々しくなり、また想像するだけで恐ろしくなるのです。

死後の世界

子供時代、そんな恐ろしい想像を緩和してくれたのが、死後の世界であり魂の存在です。

死んだ後にも別の世界があって、こちらからあちらに引っ越しするようなもんだと思ったら、少しは気持ちが楽になりました。そうして私の中では死後の世界とか魂の世界とかがあたりまえのもののようになっていったのです。

実家で両親と同居しているときに、一緒に暮らしていた犬が死にました。

4歳半というまだまだ生きるはずだった年齢ですが、原因不明の病気で3日間苦しんで死にました。苦しみながらも自力でトイレに行きました。でも最後は歩けなくなったので、オムツをするしか仕方ありませんでした。死んだときの顔はホントに苦しそうに歯をむき出して目を見開いたままでした。

何かを一瞬で断ち切る死、あんなに賢くて可愛かった犬をこんな残酷な姿に変える死、人の思いや望みなど全く意に介さず訪れる死、そこになんともいいようのない絶望感のようなものを感じました。

そのときに、死んだ後の魂の存在を書いた本をたくさん読みました。そして自分自身の絶望感なり、もしかしたら何かできたかもしれない後悔の念とかを和らげることができたのです。

再び悲しい別れ

やがて、ひとりで暮らし始めるようになって、しばらくしてから新しい犬と暮らし始めました。いろんな人との出会いと別れを繰り返し、ボクの人生でみえる景色をその犬とともに見てきました。私にとっては常にそばにいるあたりまえの存在でした。

11年間暮らした、その犬とも別れの時が来ました。或る日突然、虚脱状態になり自分で歩けなくなりました。病院に連れて行ったときには、覚悟して欲しいと言われました。しかし、いったん驚くほどの回復力を見せて良くなって、でも翌日の夜にはまた様態が悪くななり、私の腕の中で息を引き取りました。

この犬が死んだ後、ボクのまわりでは不思議な出来事が起こり(この出来事というのはここでは割愛させていただきます)、やはり死んだあとも魂というものは存在するのだと思ったものです。そしてそう思うことで、こころの痛みが和らいでいきました。

死後の世界はない

ここまで読んだ人は、なぁーんだ、死んだあとの魂の存在を信じているんじゃないか!と思われるでしょう。あえて言わせていただきます。いいえ、今は断固として否定します。その理由を説明します。

それは科学的に云々とかいうことではありません。いろんな不思議な経験もしましたが、あえて「死んだら終わり」と考えることにしたのです。確かに悲しい別れの後などは、死後の世界があると思うことで痛みが緩和されます。しかし、悲しみを乗り越えた今は、「死後の世界はない」と思うことにしたのです。

自分が今生きているこの世界には「死後の世界」は存在していないのです。

だから、今この瞬間

生きている時間に限りがあり、
その限られた時間を精一杯生きよう
と思ったのです。

哀しい別れと音楽

哀しい別れをテーマにした音楽はたくさんあります。その中でも個人的に心に響いたものを演奏してみました。

千の風になって

音楽は自分の中での必要な何か、感じることの出来る何かがないと響かないものですね。  この曲も最初はあまり自分の中ではそんなに響かなかったのですが、いろいろな経験の中でこの曲が心に響くようになりました。 ほんとうに必要な人のところに音楽はやってくるのですね

限られた大切な時間

死後の世界というものは無く、今見えている現実の世界で何があっても後悔しない生き方をしようと思ったのです。そして、自分と関わる死んで欲しくない家族や大切な人、そういった人たちとも精一杯、関わっていこうと思ったのです。

 死後の世界は無いのですから、

 優しくするのは今しか無いのです。

 大切な想いを伝えるのも今しか無いのです。

死後の世界を否定することで、今精一杯、大切な人との時間を過ごそうと思ったのです。

「死んだら終わり」

そう考えることで、

今、大切な人と過ごす時間を
少しでも無駄にしないようにと
見つめ直すことができます。

自分自身の生き方も変わってくると思います。

それでも私は悲しい別れに遭遇したとき、死後の魂のことを思って、旅立った魂がその世界で生きていることを思うでしょう。そうやって心の痛みとの折り合いをつけると思います。

しかし今は、この現実で関わる大切な人たちと、死んだら全てが無くなる、そう思って精一杯、一緒に生きていきたいのです。

「死にとうない」といった高僧

死の間際に「死にとうない」といった禅の高僧。その言葉の真意とは!

こちらの記事もどうぞ↓

死にとうない

参考文献

死をテーマにした本を紹介します。実は2冊ともこの記事を書いた後に読みました。大切な人を亡くしたときの「つらさや悲しさ」に向き合う参考になります。

死すべき定め

死にゆく人に何ができるか

〜「豊かに死ぬ」ために必要なことを、私たちはこんなにも知らない〜医者で作家でもある筆者が自身の体験から死と向き合う姿が書かれています。後半、自分自身の父との死と向き合う部分はかなり引き込まれます。大切な人の死と向き合うときに自分は何をすべきか、考えるきっかけになると思います。

「死」とは何か  完全翻訳版

「死」を哲学的な観点から考える書です。当然哲学的な内容となりますので、さらさらと読みやすいものでもありません。哲学的な考察なので一点を深掘りしすぎるように感じることもあるかもしれません。しかし、深い考察から「死」という物をとらえ直すことによって新たな発見があります。

 




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